3500年。これは『シカク』の吸血鬼ユゲルが生きてきた時間です。そのユゲルが殺し屋の少女シカクに「自分を殺してくれ」と頼むところから、この話は始まります。
ところが、この作品を見終わった人の多くは、ラストであっけにとられてしまうのではないでしょうか?
それは「殺して欲しい」という依頼が、なぜか祝福みたいな空気で終わるからです。ですが、「ユゲルはなぜ殺して欲しいなんて頼み事をしたのか?」「シカクという子がどう育ったか」に注目すると、あの終わり方の意味が見えてきます。
この作品は、もともとは藤本タツキの短編漫画で、「藤本タツキ短編集 17-21」(集英社)に収録された作品です。
出典: 藤本タツキ短編集 17-21|集英社
それが安藤尚也監督のもとでアニメ化され、2025年10月17日公開の「藤本タツキ 17-26 Part-1」に収録されました。
出典: 藤本タツキ 17-26 Part-1|映画.com
死にたいわけじゃなく、退屈を終わらせたかった
公式サイトによると、声を当てているのはシカクが花澤香菜、ユゲルが杉田智和です。依頼の理由として明言されているのは、「3500年にも及ぶ不死の生活」への退屈です。
出典: シカク|藤本タツキ 17-26 公式サイト
「殺してくれ」という言葉をそのまま受け取れば、「ユゲルは死にたがってる」ということになります。
でも、ユゲルの本当の目的は死そのものではないんです。この違いに注目すると、あとの展開の解釈が変わってきます。
シカクという子がどう育ってきたか
殺し屋のシカクは、実は虐待を受けて育った子です。安藤尚也監督はインタビューでこう語っています。
「育て方次第では殺し屋ではなく何かしらの功績を残す人物になっていたでしょう。」
出典: 「シカク」安藤尚也監督インタビュー|アニメイトタイムズ
才能があったのに、育てられ方ひとつで殺し屋になった子。同インタビューで監督は、シカクなりの楽しみ方で人生を謳歌してきた人物として描いたとも説明しています。
だとしたら、「死にたい」と頼んでくる相手の言葉を、シカクが深く疑わずに受け止められたのも分かる気がします。ユゲルの退屈も、シカクの生い立ちも、本人にはどうしようもなかった時間という点で重なっているんです。二人が噛み合った理由は、たぶんここにあります。
依頼は、叶わないまま終わる
ユゲルの依頼、つまり「殺してほしい」は、最後まで実行されません。
ユゲルはシカクに自分の血を分けて吸血鬼に変え、それから200年経っても二人はまだ一緒にいる。
依頼が果たされないまま終わるのは、普通に考えればストーリーとしては破綻しています。でもユゲルにとって「殺してくれ」という頼みごとと「そばにいたい」という感情は、実は同じ感情だったんです。
それこそが「退屈を終わらせたい」という欲求。
だから依頼が叶わなくても、話としては破綻していません。むしろ、これがいちばん自然な着地だったんじゃないでしょうか。
不死をどう終わらせるか、藤本タツキが繰り返すテーマ
藤本タツキ作品では、「永遠の命という虚しい時間をどう終わらせるか」というテーマが、何度も描かれています。
ファイアパンチの主人公アグニも、燃えても再生し続ける体を持つ人物でした。チェンソーマンの最終回も、きれいな決着ではなく「自己捕食」という形で幕を閉じています。
同じ作家の同じテーマが、監督や媒体が変わるたびに違う顔をして出てくる。『シカク』もその1本として読むと、また違う手触りに気づけます。このテーマが他の作品でどう形を変えているか、まとめて追いたい人は藤本タツキ全作品・映像化年表も見てみてください。
もう一度見るなら、ここを見てほしい
見返すなら、依頼の場面じゃなくて、頼まれたあとのシカクの表情を追ってみてください。「殺してほしい」と言われたときの顔と、そのあとの顔は、たぶん同じじゃないはずです。
『シカク』は、プチョン国際アニメーション映画祭2025の短編コンペティション部門で観客賞も受賞しています。
出典: 「シカク」プチョン国際アニメーション映画祭 観客賞受賞|avex pictures
ちゃんと外の人にも届いた話なんだと思うと、あの終わり方にも納得がいきます。ブルーレイは2026年9月30日発売予定なので、細部を確かめたい人は手元に置いて見返すのもいいかもしれません。
