2026年3月25日、『チェンソーマン』第二部の最終話「ありがとうチェンソーマン」が公開されました。単行本は同年6月4日発売の24巻で完結。全232話、単行本24冊ぶんの連載がここで終わりました。
この最終回は賛否を呼び、中国のメディアが記事にするほど話題になりました。そのタイミングで、あちこちで「藤本タツキは天才」という言葉が飛び交ったのを見た人も多いはずです。ただ、この「天才」、具体的に何を指しているのか、案外説明されていません。ふわっとした賛辞のまま片づけるにはもったいない中身が、ちゃんとあります。
「天才」という言葉、実際はどこから出てきたか
232話の完結は、「投げ出しでは」という声と「これしかない終わり方だ」という声が同時に出た、珍しい着地でした。海外メディアまで速報を打つほどの反応の大きさそのものが、この作家への評価の温度を示しています。
でも「天才」という言葉自体は、実はこの騒ぎより前から使われていました。担当編集の林士平氏は、2022年の対談でこう語っています。
「彼はとんでもない作家になる、と信じております」
出典: UOMO(林士平、2022年12月19日)
この発言があったのは2022年12月。物語の着地点はまだ誰にも見えていない時期です。一番近くで原稿を見ていた編集者が、結果を知る前からこう言い切っていた。「天才」という評価語は、完結を見てから貼られたラベルではなく、途中経過を見ていた人の実感が先にあったわけです。
三つの作品に共通する、言葉に頼らない仕掛け
「天才」という評価を格好いい言葉のままにしておかないために、作品を読み返せば誰でも確かめられる仕掛けを、三つ挙げてみます。
チェンソーマンでは、最終回はポチタが自分自身を喰らう「自己捕食」の場面で終わります。名前も存在も、個体を超えて次の器へ引き継がれていく、という読み方ができる場面です。くわしくはチェンソーマン最終回、232話の自己捕食をどう読むかで扱っています。
さよなら絵梨は2022年4月11日、少年ジャンプ+に掲載された200ページの読切です。作中3回描かれる爆発は、1・2回目が映画の「作り物」、3回目だけ物語内の出来事という型崩しになっています。読者に型を覚えさせてから壊す、という技法です。さよなら絵梨考察―爆発の意味と、カメラの持ち主が変わる瞬間でこの仕掛けを詳しく追いました。
ルックバックでは、京本の部屋のドアを紙が2回くぐり、1回目は外から中へ、2回目は逆に内から外へ抜けます。まったく同じ動作を、向きだけひっくり返してもう一度見せているわけです。ルックバック考察―藤野と京本、ドアの下をくぐる一枚の紙も合わせてどうぞ。
三つとも、状況も見た目もまったく違います。でも根っこの動きは同じです。何かが消えて、消えたものが遺したものだけが次の場所に移って残る。これは僕の読みですが、藤本タツキが繰り返し描いているのは「何かを喪失し、それでも遺るものがある」という一つの構造なんじゃないかと思っています。セリフで説明せず、コマの並びと繰り返しの回数だけでそれをやってのける。
編集者と、映画監督から見た「巧さ」
藤本タツキの構図が「映画のよう」と言われるのは感想止まりの話ではなく、近い距離で仕事をした人の発言としても残っています。
林士平氏は同じUOMOの対談で、藤本タツキはネームの段階で考えるタイプで、セリフより先に「見せたい」場面をネームで作り込むと話しています(林士平、2022年12月19日)。構図が映画的に見えるのは、この作り方が土台にあるからかもしれません。
漫画をつくる側だけの話でもありません。『ルックバック』の実写映画化(2026年9月11日公開)を監督する是枝裕和氏は、原作についてこう語りました。
「きっと藤本タツキさんはこの作品を描かないと先に進めなかったのだろうなと、そんな気持ちが痛いほど伝わってきました」
出典: eiga.com(是枝裕和、2025年12月3日)
是枝氏は書店で表紙に惹かれて手に取り、一気に読んだそうです。プロデューサーからのオファーを受けて藤本タツキ本人と対面し、その帰り道に「やらないわけにはいかない」と決めたとも明かしています。第一線の映画作家が、原作の完成度に押されて実写化を引き受けた。これも一つの答えです。
「天才」を分解すると、こうなる
ここまで出てきた事実を、「天才」の一語にまとめずに並べ直してみます。
- セリフではなく、形で見せている: ポチタの自己捕食、3回目だけ意味が変わる爆発、向きが逆になる一枚の紙。どれも説明のセリフなしに、コマの並べ方と繰り返しの回数だけで成立しています
- 一番近くで見ていた人が、結果の出る前からそう言っていた: 担当編集の林士平氏は2022年の時点で「とんでもない作家になる」と話し、ネームの作り込み方についても具体的に語っています
- 畑の違う作り手が、原作に動かされた: 是枝裕和氏は『ルックバック』を読んで「やらないわけにはいかない」と決め、実写映画の監督を引き受けました
「天才」の中身は、この3つに置き換えられます。セリフを使わず、コマの並びだけで見せること。結果が出る前から、一番近くの人にそう見えていたこと。畑の違う作り手を動かしたこと。
読み返すときは、名場面を探すより「同じ動きが何回出てくるか」を数えてみてください。3回のうち1回だけ違う、2回で向きが逆になる。ここで挙げた三つの作品は、どれもその数のなかに仕掛けがありました。まだ読んでいない作品があるなら、藤本タツキ作品はどこから読む?目的別の3つのルートも参考にどうぞ。

